東豆土木株式会社

『ウィパーのつめあと』(三建だより コラム「小窓」) 2013-12-01

去る10月に伊豆大島を直撃した台風26号。

建設業協会(三建)では「台風26号来襲に備え緊急連絡」として、全会員宛てにパトロールや応急復旧体制についての細やかな指示が発せられ、上陸に対する準備を整えていたところでした。

時を同じくして、気象庁は「台風26号は関東地方に接近・上陸する台風としては十年に一度の強い勢力」として警戒を呼びかけていましたが、私は瞬時に、平成16年に伊豆を直撃した台風22号のことを思い浮かべました。

それは9年前に修善寺で「独鈷の湯」が土砂に埋まり、伊東市の宇佐美地区が竜巻による壊滅的被害を受けたあの台風です。
当時、私も熱海地区の一員として警戒および応急復旧に対応しましたが、法面(のりめん)や路肩の崩壊に加え、多くの倒木が道を塞ぎました。
当時造成中であった南熱海の長浜海岸が仮置場に指定され、多くの倒木や枝葉類がうず高く積み上げられた光景は今でも目に焼きついています。

結果として、台風26号「ウィパー」は、わずかに伊豆半島をそれて伊豆諸島北部を直撃し、大島では三原山の外輪山中腹から発生した土石流が集落を飲み込むという、9年前の伊豆半島とは異なる種類の大災害をもたらしました。

大島は島全体が溶岩流でできた火山であり、島の人たちは過酷な自然と共に何千年と暮らしを営んできた歴史があります。
火山噴火の主な現象である溶岩流という脅威についても、さまざまな防災対策を講じてきた中での新たな災害発生。
「災害といえばまず火山対策が頭にあった」
「一気に水と土砂が来た」
「気づいたときは逃げ場がなかった」
といった島民のコメントが目を引きました。

台風を例にとっても、被災内容がこれほどまでに異なる上に、常に予想もしなかった災害に見舞われるのは日本だけかもしれません。

元国土交通省技官の大石久和氏は、著書『日本人はなぜ大災害を受け止めることができるのか』の中で、「日本では紛争による大量死の代わりに、自然災害による大量死を経験してきた。前者を”紛争死史観”、後者を”災害死史観”と名づければ、日本人は後者によって国土に対する考えや、国民としての思考・感情を育んできた」
と述べています。

異常気象と言われて久しいのですが、人知の限りを尽くして予想しても、自然は簡単に人を欺くことを建設人は良く知っています。
マニュアルが通じない災害対応。
でも地域に根ざす会社として、今までの経験や土地勘が必ずや防災の一助になると確信します。

大島については熱海からジェットフォイルが運行しているうえに、「熱海梅園梅まつり」「伊豆大島椿まつり」で相互交流をしている身近な存在です。
一刻も早くの復旧を願うばかりです。