東豆土木株式会社

『トラベル・ブルー』(三建だより コラム「小窓」) 2011-07-01

地元町内会の運営にかかわって4年目になります。
町内(自治会)の役員というのは、年齢的に還暦前後から古希を迎えるくらいの徳ある方々が多いのですが、その中に四十代の若手が数名、うまい具合(?)に散りばめられています。
私は紛れもなくその若手、いえ若造の一人なのです。
先日、その役員で年に一度の懇親旅行、つまり3回目の「ご苦労さん会」に行ってまいりました。

老若男女ではなく「老壮青年男子」で構成されているメンバーですが、毎月わずかながらにも積立をしています。
その“わずかながら”の積立というのがミソで、それ以上でもそれ以下でもあってはならないというのが不文律。
余計な出費を押さえるためには飛行機も使わず、賑やかな都市部にも行かず、車で近隣県の観光スポット(的な場所)をひたすら巡るという一泊二日の旅行です。

企画の段階では「若い人の好きなところに行けばいいよ」という壮年部からの”甘言”が聞こえます。
でも悲しいかな、私たち若い衆がもっと若かった頃といえばとてもバブリーな時代。
やれアメリカ大陸横断だ、インドで自分探しの旅だ、イタリアの買い物ならレザーね、などと、こぞって「地球は狭い」ことを味わい、自由気ままな旅に慣れてしまった身分。
当然ながら何かと制限されやすい団体旅行には苦手意識が芽生えているのでした。

一方、若い衆からの「行先は先輩方にお任せします!」の一言で、先輩たちは嬉々として旅程を組み立ててくれます。
ちなみに過去の旅行といえば、南房総を中心とした「房総半島巡り」、群馬の温泉宿に泊まり、長野・山梨を経由して帰る「関東甲信越巡り」でした。
そして今回は山梨県のとある温泉地に宿泊し、奥多摩や高尾山を巡った後に再び山梨を通過して帰るという、一泊二日の「1都3県往復ツアー」を観光、いえ敢行してきました。

車に分乗し、交代で運転し、名所旧跡を巡り、旅館に到着して温泉に宴会。
翌日は朝食を済ませ早々に宿を出て、往路とは違うコースでのロングドライブ。
へとへとになって熱海に戻り、締めになじみの民宿ですぐさま反省夕食会。
「どこへ行こうと地元の食事が一番おいしいねえ」(これ本当)などと、憎まれ口を交わしながら反省会をして解散というのがいつものパターン。

毎年同じ予算ゆえ泊まる宿も毎度同じタイプ。
これがバブル・トラベラーにとってはやれやれって感じなわけです。
男女入れ替わりの露天風呂、脱衣所のアナログ体重計、固形燃料を使った小鍋料理、自分の親ほどの人たちと川の字になって寝る大部屋、クタクタになっても取り替えることのできない浴衣、どれが自分のものか判らなくなりそうなタオルやハブラシ・・・。
若い衆は旅行前に言うのです。
果たしてこれは「旅行」ではなく「苦行」ではないかと…。
結婚直前の不安定感を「マリッジ・ブルー」というのなら、これはまさに「トラベル・ブルー」ではないかと…。

そんな旅行の道すがら、必ず共通した景色に出くわします。
ひたすら長く曲がりくねった山間部の道路、渓流や湖やダム、美しい稜線と切り立つ山肌、数多くの橋梁、紅葉を待つ樹林、蝶や季節の花々、野菜の即売所と手書きの案内看板。
それは今でも全国そこかしこに泰然と存在する、この国の風土がもたらした特有の風景。
一緒に行った先輩世代のみならず、その祖先も感じていたであろう、私たちの遺伝子の中に組み込まれたある種の懐かしみ。
ある人はそれを「旅愁」とか「郷愁」と呼ぶのかもしれません。
でも私にとってそれは真の意味での「トラベル・ブルー」。
いにしえから築きあげられてきた国土に抱かれている安心感。
そんなブルーに浸ると、若い衆は「参加してよかったかも」と思うことができるのです。

帰り道、高尾山の山ガールたちを遠目に眺めながら、日本人の観光には超近代的リゾートは似合わないのかもしれないと感じたのでした。