株式会社東豆

『伊豆山 土石流災害』(三建だより コラム「小窓」) 2021-09-01

はじまりは河川のパトロールだった。
連日の降雨に加え大雨警報が継続中の7月3日土曜日午前。
土木事務所より市内二箇所の現地確認依頼があり、
社内で手分けして出発する。
私自身は神奈川との県境にある千歳川に向かっていたその道中、​
社員より電話が入る。
「至急、伊豆山の逢初川上流部にまわってください。家屋が倒壊したそうです」
 
ちょうど伊豆山地区に入る手前だったので、
国道にかかる逢初橋を経由し、
伊豆山交番を左折して現場を目指す。
 
同じころ、
現場付近で会社を営む友人からSNSグループに一枚の写真が投稿されていた。
社屋に隣接した木造家屋が倒壊している画像だ。
「これか」と思ったものの、詳しい説明はない。
現場までもう少しというところで消防隊員が規制線を張っており、
その先で救急車両・消防車両が待機している。
付近の住民が心配そうな顔で集まり、何人かが公衆電話ボックスに並んでいる。
ここから先へは軽々しく行けそうもない。
写真を投稿した友人に電話をしてみるものの一向に出ない。
 
ちょうどその時、
先ほどまで豪雨災害の情報を交換していた別の知人から電話が入る。
「いまどこに?」
「バス停の前」
「よかった。こちら般若院の近くまでたどり着いたけど、そこから先は危険だからぜったい行かないで。大変なことになっているから」
 
もはや行こうと思っても行けないし・・・。
 
いま思えば、
最初に見たあの画像は土石流第一波の直後であったわけだ。
その後、
この町を二つに分かつほどの破壊力を持ち、
その映像が広く知れわたることになった第二波・第三波以降の土石流が続けざまに襲う。
 
通過してきた国道の逢初橋付近は、
おそらく私が通ったその十数分後に下流までたどりついた土石流によって寸断されてしまった。
国道経由で熱海市街地側に引き返すことができなくなり、
別ルートを探ってはみたものの、
並行して走る熱海ビーチラインは通行止め、
湯河原や小田原からの箱根まわりも災害発生で通行止め、
さらに鉄道も運休している。
 
大きな自然災害が発生する時は往々にして同時多発的になりがちだ。
「陸の孤島か」と呟きつつ、湯河原で足止めを食う。
 
ことの顛末は省くが、
別途の要請があって夕方に再び伊豆山の被災区域へと入る。
二次災害の恐れもあり、
外部から完全にシャットアウトされた被災地を目の当たりにし、
その光景に唖然とする。
長年住む熱海でこれまで発生しえなかった大規模土石流である。
いったいどのあたりから流れ込んできたのか。
建設業をなりわいとする者たちはこれからどのような対応が求められるのか。
そんなことをぼんやり考えながら任務を終える。
 
その後、
日を追うにつれて明らかになった被災状況は各種メディアが伝えている通りだ。
SNSへ投稿した音信不通の友人はのちに無事とわかり、
ご家族の一人は首から下が土砂に埋まったまま流されたが間一髪で助かったとのこと。
 
本稿を記している8月20日時点で災害発生から1か月半以上が経過した。
土石流による死者23名、行方不明者4名で依然として捜索が続いている。
その間、
地元建設業協会の会員は休む間もなく、
捜索への協力と道路啓開・土砂搬出を中心とした復旧活動にあたっている。
今後はどのように復旧・復興がなされるのか衆目を集めることになるだろう。
 
とまれ、
河川パトロールを発端に伊豆山土石流災害に遭遇した身として、
つたない内容ではあるが災害当日の出来事を報告する次第である。