株式会社東豆

『東京物語と熱海』(三建だより コラム「小窓」) 2023-04-01

「若い観光客、増えたなあ」
最近、地元熱海の仲間どうしでこんな会話がよく交わされます。

3月の平日は春休みシーズンもあってか、市内を散策し人気店に列をなす、
おそらく20代であろう若者たちを男女問わずよく見かけました。
 
若い人たちでにぎわう熱海。
二十年前にはあまり想像できなかったこと。
でも現実。
 
もちろん年配の観光客も多くいらっしゃいます。
1月から3月にかけては、
あたみ桜・河津桜・梅園の梅・ソメイヨシノなどが次々に開花します。
まさに「常春(とこはる)熱海」。
桜や梅を愛でつつ、写真におさめている70代・80代のお客さんで賑わいました。
若者と高齢の観光客が入り混じる街の風景は、「地元民」として新鮮といえば新鮮。
 
そんな折、
以前から気になっていた一本の映画を観ました。
タイトルは『東京物語』。
小津安二郎監督による1953年(昭和28年)公開のモノクロ作品で、
ヒロインに原節子、メインキャストの老夫婦役を笠智衆と東山千恵子が演じています。
 
「小津映画」の代表作であり、
現在に至るまで国内外で高い評価と支持を受けているのは承知していました。
そこに熱海でのシーンがでてくるのでさらに興味を持ったわけです。

尾道から上京した笠智衆と東山千栄子の老夫婦。
実の息子の山村聰と娘の杉村春子に邪険に扱われ、
杉村の提案で追い出されるように熱海の旅館に行き、
二人は海岸沿いの宿に泊まります。
 
東山「思いがけのう温泉へも入らしてもろおて。ええ気持ちですなあ」
笠「明日はひとつ早う起きて、この辺をずっと歩いてみるか」
東山「なんでもこの先の方に、ええ景色のところがあるそうですよ。女中さんがそう言うとりました」
笠「そうか・・・静かな海じゃのう」

海に浮かぶ初島を眺めながら尾道弁で淡々と交わされる会話。
ところが、
その夜は騒がしい宴会が続いておりまったく眠れず。

翌朝、
二人は寝不足のまま浴衣姿で防波堤にたたずみます。
ため息がわりの沈黙。
そこに映し出される熱海は東海岸町や錦ヶ浦の岬。
岬の上には熱海城がまだ無く、
周辺にはホテルも建っていません。

わずか10分足らずでも大変印象に残る熱海でのシーンでした。
さらにこのシーン、
敗戦から8年後の熱海の風俗をリアルに映し出していて、
なんとも興味深い。

浴衣姿での賑やかな宴会
お座敷を外して立ち話をする芸妓衆
部屋では酒を飲みタバコをくわえながらの麻雀大会
ギターとバンドネオンを奏でながら歌う「流し」
(灰田勝彦の『燦く星座』という歌でした)
昨夜泊まった新婚カップルの品評会をしている旅館の仲居さんたち
などなど。

戦前「東京の奥座敷」と言われ一大保養地であった熱海が、
戦後復興の中で団体旅行で賑わい、
さらに「新婚旅行のメッカ」と言われたゆえんを、
当時を知らない私がここで知ることができたのでした。
 
防波堤から引き上げる際、笠は言います。
「いやァ、こんなとこァ若いもんの来るところじゃ。そろそろ帰ろうか」
 
二人がたたずんだ防波堤はもはや存在せず、
大型ホテルやヨットハーバーやビーチに姿を変えた熱海の海岸。

旅の趣向は変われども熱海を訪れる多くの若い観光客。

現代版の『東京物語』ができたとしたら、
果たしてどのようなシナリオになるでしょうか。